レースカーテンから零れる光と新鮮な空気が、朝を告げる。
「おはよう」
その声が、私の霞がかった意識に、鮮明な輪郭を刻む。
レースカーテンから零れる光と新鮮な空気が、朝を告げる。
「おはよう」
その声が、私の霞がかった意識に、鮮明な輪郭を刻む。
昨日は緊張していた、と思う……そうだ。女子寮戻る途中、二階にある先輩の部屋に呼ばれたんだ。
私は粗相をして怒られるとおもい後に続いたが、待っていた夕食、たわいもない世間話に困惑した。確かなのはマナーは大丈夫か、変な事を言わないかということ。
「お風呂に入ってくるといい」
先輩のすらりと伸びた足と振る舞いに、唇が震えた。
その先輩は制服と清廉を纏い、腰まで伸びた黒髪に私の心が揺れる。
合った視線に眠気が飛ばされた私はコクコクと頷き、ろくな返事も出来ずベッドからバスルームへと逃げ込んだ。
半ば倒れ込むように洗面台に手をつき、正面の鏡をみやり頭で繰り返す。
先輩は同性。
私も女の子。
頭では解っているのに胸の奥が疼き、火照る躰に、愛用しているネグリジェが肌に貼り付く。
……お風呂に入ろう。私は考えるのを止め、ネグリジェにそっと手を掛ける。先輩の香りを蓄えたネグリジェがキュッと私の心を締め付け、離れようとしてくれない。
私はそれをやっとの思いで丁寧に脱ぐと、着替えの制服に並べ折りたたんだ。
髪を解き、お湯で流した時、再び心臓が跳ねた。私のネグリジェの香りが先輩のシャンプーだったから。
私は身を清め、シャワーが雑念を流す。
ブォーンと唸る風に耳を傾けながら髪を決めていく。
おぼつかない指先を運んで、制服に袖を通すと少しだけ先輩の香りが身を包む。
……胸元のリボンを整え、朝の空気を吸い込み鏡を見据えた。
私は汗を握ってバスルームを出る。
焼けたトーストの匂いが私を暖かく出迎えてくれたまでは良かった。
先輩の朝光を返す黒髪に白いエプロン姿が映え、目が奪われる。
「もう少しで出来るから、ゆっくりするといい」
その声が大理石のキッチンカウンターに沈むと、波紋となって私に、響く。
――ぱちぱち
瞳が再び先輩を捉え、息を、呑む。
「何か、お手伝いさせてください」
「そこの皿をテーブルまで運んでくれるかな」
軽く頷くと――胸元、先輩の。息が詰まり、目を逸らす。
まばたきに合わせ、視線を彩りのミニトマト、レタス。そこに先輩が手早く目玉焼き、別皿にトーストを整える。
しかし、その手さばきが、私の小さな罪悪をざらりと撫で――掴んだ。
まるで「先輩に私がお手伝いする事」をつくらせたのではないか……。
私は、トーストと目玉焼きの乗った白いの陶磁器を持ち、テーブルに並べていく。
目玉焼きが揺れ、お皿の重みだけが朝に残った。
そこに軽やかな足音、後に残った香りに吸い寄せられると、先輩がお皿を並べていた。
「すまない。君のことを笑ったんじゃない。昔のことを思い出したんだ」
先輩はサッと、私の巻き込んで乱れるスカートを正し、留め忘れた袖のカフスを着けてくれた。
その好意が、心を沈め、軋む。
「いただきます」
「……いただきます」
指に焼けたトーストはザラッとしたテクスチャーを感じさせ、カフスが感謝の言葉を留めている。
ナイフが光を返すと、キャンバスにバターとジャムが滲む。そのナイフから、白い指を辿って、細い腕、それから先輩の顔があった。
私は先輩に薦められるままトーストを食べると、サクッと言う食感とジャムの甘味、バターの風味が口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「……よかった」
先輩から緊張の糸がほぐれる声がした。
何故より、私はやり場のない居た堪れなさをフォークに込め、ミニトマトを追いかけていた。
カッ、カッ、っとミニトマトが転がるとフォークが白い磁器を鳴らす。
カッ、カッ。
――ただ私はそれを黙って追いかける。
「君に謝らないといけないことがあるんだ」
「え?」
一瞬、静けさが私たちに落ちた。
「当学校はエスカレーター方式、君のように高校受験をしてくる生徒は多くない」
「はい」
先輩はいつも通りに見えて――視線と声が揺らぐ。
「小中を共にし、これからの高校生活。そして大学を見据えて、この時期は、親友を越えようというものも、出てくる」
「親友を超える?」
その言葉に私は飛びついてしまった。
歯切れが悪くなる先輩が珍しかったからなのか、それとも聞き慣れない言葉のせいなのかはわからない。
「ああ、この学校の風習と言って良いだろうか。入学初日、つまり昨日は意中の相手に告白する日なんだ」
コ・ク・ハ・ク
その言葉に心臓がぎゅっとして、息が詰まる。
排水口にぐるぐると、シャワーで流した妄想。
それが現実というかたちを成そうとひしめくと、心音と重なり、跳ねる。
先輩はいまどんな顔をしているのか、わからない。ただ、鼓動が言葉になった。
「うちの学校、女子しかいませんけど……」
私はフローリングの溝を見つめていると、先輩が朝の空気を吸い込む。
長い吐息に私は姿勢を正し、応えを待った。
「入学式で君を見て、誘いたくて堪らなくなった。まぁ、君は眠ってしまったけれどね」
私の手にあったトーストからぽたぽたと。
「その時、魔が差した」
「ま?」
「ああ、まず寮長に頼んでカギを借り――」
指が震えトーストが、落ちた。
「……君の部屋からネグリジェをとってきた」
先輩の視線はトーストに逃げながら、何かを探しているようにも見えた。
先輩はスカートを何度も直し、衣擦れと浅い吐息が溶け、朝に交じる。
先輩の髪が煌めき、言葉を紡ぐ。
「ただ君を、知りたい」
私は胸をぎゅっとおさえ、返しに、詰まる。
――ガタッ。
その音に唇が震え、息が、出来ない。
コツコツと迫る足音が近づいても、私の鼓動が、私を、椅子にうちとめた。
漂う先輩の香りにジャムの甘い匂いが混ざり、そっと先輩の指先が私に伸びてくる。
「今夜、時間は空いているだろうか」
「……はい」
私はこの時、始めて腰が抜けるという感覚を知り、先輩は笑いながら私の手を取り――。
抱き寄せられた腕、ぬくもり、まどろみの朝。